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著作者 acworks

よく分からない専門用語だとか難しい単語を使って会話をする人間っていますよね。こういう人は自分を誇示したり「自分は周りの奴らとは一味違うぜ!」という風に見せたがるものです。

俗にいう意識高い系とレッテルをはられる人間にこのタイプが多く、そういった人間の話すことは適当に聞き流すのが一番でしょう。しかし、ごくまれにですが本当の意味で意識が高かったり、豊富な人生経験をつんだ上で自然と難解な表現の仕方で会話をする人間がいます。

そういう人間が発する言葉には例え意味が分からなくても真意を探って耳を傾けるという姿勢は非常に大事なことだと思います。

分かりやすい表現で話す人間の事を頭が良いと盲信するのは危険行為

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著作者 Stephen Poff

ツイッターを見ていたら一つ気になるツイートを発見。それがこれ。
キャプチャ
確かにこの意見もある程度は賛同できます。しかし分かりやすく相手にモノを伝える人間が本当に頭のいい人間だと定義づけるのは危険な考え方です。何故ならそう考えているあなた自身の思考力が鈍ってきている証拠だからです。難しいことを自分の頭で考えて解釈するという行為が抜けているのです。

あなたの頭の中の脳は段々と考えることを放棄し、自分がすぐに理解出来る範疇内のことでしか物事を判断しなくなります。分かりづらいけど核心を突いている意見と、分かりやすいけどどこかうさんくさい意見だったら少なくとも今の世の中は後者を支持する人間が多い時代です。

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著作者 Ares Nguyen

「たった~日で理解できる」とか「「これを~するだけで頭が良くなる」みたいな題名をつけたハウツー本や聞こえのいい文章だけど大したことも書かれていない自己啓発書が読者に受けやすいという事実が証明しています。

また、アムウェイやニューウェイズといったネットビジネスに食いついてしまう人なんかはこの分かりやすさ主義によって生まれた犠牲者だとも言えます。確かに分かりやすいというのは便利であって物事を知るキッカケになるものなのですが甘すぎる食べ物は人に毒になるのと同じように時には人間の思考を停止させる悪魔の様な一面があるのです。

腰を据えることが出来るかどうか

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著作者 Thomas Hawk

なぜ分かりやすさを盲信する人が増えたのか?それは世の中が便利になりすぎて腰を据えることが出来ない人間が形成されたからではないでしょうか?一つの物事に対して深く考えてみたり、ゆっくり時間をかけて考察するという行為は腰を据えるのと同じ事です。

この行為はいわば我慢することに似ています。重心を低くし、土俵に入った力士の様に腰を下げて体勢を維持する…。もちろんこれは疲れるだろうし、段々と身体に対する負担が大きくなっていきます。

しかし長い時間をかけて我慢し続けたからには筋肉がついて姿勢が正されては身体の感覚が研ぎ澄まされるでしょう。張り手で押されても立ち上がる力があるのでブレることはありません。
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しかし今の時代というのは腰を据える所に座り心地のいい椅子が用意されている状態なのです。しかしその椅子が壊れたり、誰かに奪われたら自分の足で身体を支える以外方法はありません。しかしその両足が弱弱しいと文字通り足をすくわれることになるのです。

もちろん全ての情報や提供者がそうであるとは限りませんが分かりやすくてスッと入ってくる情報ほど実に巧妙にあなたの思考を鈍らせ、主従関係を作ろうと迫ってくることが多いのです。分かりやすさに飲まれない様…たまには難しい話しだけど重みがある話しをする人の声に耳を傾けてみた方がいいでしょう。何より自分自身のために。では今日はこの辺で。


上辺だけの分かりやすさが人を支配する世の中でどうやって生きていくか?そのヒントが自由からの逃走には記されています。ゆっくり時間をかけて一読してみるのをおススメします。また、分かりやすく端的な情報を盲信する人ほどカルト宗教などに入れ込んでしまう傾向があるということを示した一冊も紹介。