無名音楽家アブロニカの戦慄なリアルと最前線

ヒップホップ・ポストロック・エレクトロニカを主軸にしたラッパー&トラックメーカー、アブロニカのこれからを赤裸々に書き綴り。 日本中の90%を占める底辺音楽家のリアルと実情、日々思うことを書き殴ります。まれにDISリスペクトな記事あり。 無料の楽曲DLが受け取れるフリクルメルマガ配信中 http://frekul.com/artists/profile/call-it-anything

2017年01月

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もちろん、自分が好きでもないような…労働の様な行為を強いられているのであれば、我慢せずにスタコラサッサと逃げてしまった方がいいです。

ただ、自分が興味をもって始めたことや、面白そうと思ってやってみたけど、中々継続できずにすぐにやめてしまう人というのは多いでしょう。これは筋トレやダイエットなんかでもそうですが…。

あなたが抱えている苦しみはいつまでも続かない。
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スポーツでも楽器でもそうですが、初めは誰でも完璧に出来る人間なんていません。もちろん練習をしなくては、上手くなることなど到底ありません。

そのはじめたての時期が一番辛いと思うから、物事が継続せずに、今日はいいから明日やろう…この連続になる訳です。

確かに誰でも上手く物事が進まないと、投げ出してしまうことはあるんですが、継続していくために必要なことは、一歩づつ前進している自分を体感すること。そして苦しい時期がいつまでも続かないということを知る、この二点です。

昨日の自分より今日の自分は進歩している…だから苦しみは減っていくという流れを実感できれば、あとはしめたもの。

例えば3日かけて数少節のフレーズをスムーズに弾く事が出来て嬉しい。次の段階で難しいギターソロをコピーできて楽しいと、段々と得られる達成感は大きくなっていくのです。その頃には継続することが苦ではなくなっているはず。

いわばこれは自転車と同じです。思い出してください。誰だって初めから乗ることが出来た訳ではありません。だけど何度も漕いでいると、転倒する回数は減っていたことでしょう。そして補助輪なしで乗れるようになっていき、楽しいと思えた瞬間がありますよね?

要は自転車から楽器やサッカーボールに変わっただけなのです。継続して、学習し楽しみを見出す能力は誰でも持っているのです。ただ、それを子供の頃に置き去りにしてしまったかどうかというだけであって。

以上、環境の変化や物事の継続に関しての記事でした。中々続かない…辛いと思ったら、進歩している自分と自転車に乗れた時を振り返ってみましょう。では今日はこの辺で。

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Photo: GETTY
NME-Japan

この男性…誰かにそっくりじゃないですか?そう、彼はあのoasisのボーカルだったリアム・ギャラガーの息子であるレノン・ギャラガーなんです。本当に父親にそっくりで笑う。

子供は生まれる場所も親も選べませんが、大御所クラスのミュージシャンの息子というポジションがイージーモードになるのか、それともハードモードになるのかは彼次第。

偉大な音楽家の子供はパッとしないケースが多い。
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レノン・ギャラガーはモデル業をやっていくようですが、では彼が音楽をやっていくとしたら、父親と同じぐらいの活躍が期待できるでしょうか?

恐らく…残念ながらそこまで活躍しないでしょう。不思議なことに、親が音楽史において功績を残したミュージシャンである場合、子供の方はあまりパッとしないケースというのは非常に多いんです。

例えばジョン・レノンの息子であるジュリアン・レノンやショーン・レノンは流石に親が偉大すぎることもあって、音楽面で超えることは出来ていません。

尾崎豊の息子である尾崎裕哉も一時期はメディアで取り上げられ、父親の楽曲を演奏して話題になりましたが、それ以降あまり目立った活躍は耳にしていません。

もちろん、OKAMOTO'Sのベーシストであるハマ・オカモトや、charの息子であるrizeのJESSEという例もありますがそれらは稀有なケース。

音楽の才能というのは遺伝的なものではない。
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少なくとも才能というものは先天的なものであるとは言い難いです。才能が育まれるのはどちらかというと、遺伝にあるのではなく、その子供の周囲の環境が育むという方がすんなり頷けるのではないでしょうか?

どれだけ親が偉大なミュージシャンであるとしても、子供に完璧な音楽教育が出来る訳ではありません。なぜなら自分がやるのと、他者にものを教えるというのはまったく別の能力や考え方が要求されるからです。

プレイヤーとしてなら、他者の目線に合わせて足並みをそろえる必要はありませんが、教育者としてなら、その目線を合わせる…共感を大切にする姿勢が重要になってきます。

音楽が好きであるという気持ちを育てるのが才能へと繋がる。
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そもそも良い音楽を作ることができる音楽家は音楽が好きであるという要素があります。
何を当たり前のことをと思うでしょうが、音楽が好きである、自分の人生において大切な要素であるという気持ちの強さの度合いが結局、才能となるのではないでしょうか?

だとすれば、あまりこういう話しはしたくはありませんが、自身の子供たちに音楽家になってほしいのであれば、楽器の演奏や、名曲を聴かせることより、音楽が自分にとって大切なものだという気持ちを強める教育が才能を育てることになります。

もちろん、理由は様々ありますが親がミュージシャンで子供も七光りではないプレイヤーになったケースというのは、強制するのではなく、子供が自発的に音楽を好きになる環境づくりをしてきたからというのも1つの要因だと言えるでしょう。

という訳で親と子供の音楽的な遺伝についてでした。大人の皆さんは子供にどんな風に音楽を教えていきますか?では今日はこの辺で。

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細かすぎて伝わらないモノマネ選手権を最近見てます。面白いんですが、見れば見るほど芸を磨くのは模倣が効果的なんだと思わされますね。

音楽も模倣から始まるのは一緒。
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全ての芸術は模倣から始まります。既に存在している偉大な芸術家の演奏や楽譜を見て自分も似せようと思って弾いてみる。これは歌も同じです。

清水アキラや清水ミチコ…そしてコロッケなどものまねの名手ですが、彼等は歌を歌わせても上手いのです。それは普段からどうやったら似ていると言われるだろうかと思って、観察していることを積み重ねてきたからでしょう。
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モノマネほど効果のある練習方法はありません。憧れの対象になりきるというのは、始めの一歩を歩む芸術家志望にとって最も楽しい練習であり、教本や講師とのマンツーマン授業より楽しいという感覚が働き、ぐんぐんと上達していくことでしょう。

中には歌を練習する時にモノマネなんかするな!と言う人もいますが、元からオリジナルな要素を表現出来る人はいません。これは曲作りでもそうです。坂本龍一も発言していましたが、時代を更新する音楽というのは、99%が元からある音楽で、1%がその人のアイディアでしかないと言っています。

なので、これから音楽を始めようと思った人は、まずは憧れのミュージシャンの音色や歌声、曲を真似してみましょう。様々な音楽を吸収した先に、オリジナリティーが生まれます。

模倣はとても大切な行為ですが、それ以上に大切なのが模倣だけで終わらず、少しづつ自分の色を形成してくことなんです。では今日はこの辺で。

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地元に帰ってます。心身を休めたいので長めの休息期間とってますが、明日東京に戻ります。
ちょいちょい買い物をして思ったんですが、電化製品店や百貨店まじでヤバくないですか?

たまたま特価セールしてたからPCのキーボードを買ったのはいいものの、もはや品揃えや値段でAmazonや楽天、DMMにはどうあがいても勝てないんじゃないかと思う訳ですよ。

店員一人一人にタレント性がないといけない時代。
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ネットがまだなかったころは直接出向いて商品を買わなくてはいけなかったので、弊害はなかったとは思うんですが、今の時代…そしてこれからの時代は商品の値段やラインナップではなく店員の人柄やタレント性がなくては、厳しいのかなと消費者として感じています。

この人がいるから…魅力的だから、この人から買いたいと思わせる店員が増えないと、もはやネット通販の手軽さには勝てないのではないかなと。

となるとイケダハヤトが言っていましたが、本当に好きなことを仕事にしなくては第三者のサービスや機械に仕事を奪われると言っていたのが、真実味を帯びてきているように感じます。

もはや今まで以上に商品を売るという行為に複雑さは増してきており、マニュアル通りの接客しか出来ない、または育てられないお店はいずれ無くなってしまってもおかしくないでしょう。

物体だけでなく体験も必要になってくる接客業?
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これからは商品を売って、お金を儲けるだけでなく、プラスαでその店に行くことでしかできない体験型コンテンツも設けていく時代になっていくのでは?と考えています。

VRを使ったサービスがちょこちょこ出始めているし、こればっかりは実際にVRの製品が必要になってきます。しばらくはこの方向性で攻めるお店も出てくるのは必然ですね。

なんにせよ、これからは体験というのも大きな要素になっていくと思うんです。それを先取りしたAKBがアイドルと握手出来るというコンテンツで巨万の富を生み出したのが証明しています。

あと、昔の駄菓子屋さんのような感じのお店…あれって今の時代には逆に需要あると思うんですがいかがでしょうか?ああいったお店にいたおばあちゃんとか、自分たちが買った商品以外に予想だにしないオマケとかつけてくれましたよね?何気にああいう気遣いというか世話心があれば、テクノロジーがどれだけ進歩してもそのお店に来てくれるお客さんというのは減らないのでは?と考えています。

とまあ久しぶりに地元に帰って思ったことをつらつらと書いてみました。ぶっちゃけ音楽の話で言えばアメリカではCDではなくitunesカードが代わりになっているのが現実です。時代の流れに沿って変化するのを受け入れるか?それとも体験を売りにして、直接な売買行為にかけるか?正に今の時代はターニングポイントになっていると言っても過言ではないでしょう。では今日はこの辺で。



こういう人たちが接客の未来像を示しているんだなあと感じてます。

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吉田一郎が加入してもう10年たつのかと思ったら、時の流れの早さを感じざるを得ない。

この時は本当に痩せてるな…もはや別人と言ってもいいくらい。この時の彼のベースプレイは何とかバンド全体のアンサンブルについていけてるといった印象だった。とりあえず向井秀徳の指示に従う…そんな感じだというのが動画越しでも伝わってくる。

一皮むけて向井イズムの継承者へ。

そんな彼がソロアルバムをリリースしたときは驚いた。先輩である松下敦やカシオマンがやっていないことを新人である彼が成し遂げてしまったのだから。

作品の全体像としては、向井秀徳特有の「都会生活は無常である」ことを表現したあの世界観を王道的に引き継いだニュアンスが強い。サウンドもどことなく80年代のニューウェーブ的が漂うし、4以降のZazen Boysをキレイに通過した音だ。そしてどこか素朴で心地のいい懐かしさがある。デジタルに30代中盤の哀愁を表現した作品だというのが個人的な感想。


また、この作品のもう一つの魅力はベーシストらしさが良い意味でかき消えている所。一般的にボーカル以外のバンドメンバーがソロアルバムを作るとなると、どうしてもその人のメインパートが主役になりがちな作品になってしまう。

だけど吉田一郎不可触世界はベースが主役になるわけでなく、あくまで歌を中心にして作られているし実にポップス的。そこがいいじゃないっすか。

あれだけゴリゴリなベースを弾いているのにも関わらず、弾かなくてもいいという発想が出来るあたり、柔軟な姿勢でオリジナリティーとポピュラリティーを考慮して作品を作れる人なんだと思う。良い師匠に恵まれたケースだと言ってもいいでしょう。弾かないこともまた音楽ですから。


そう考えるとやっぱり人は、環境によって人生と人柄が形成されるんだなと強く感じます。もし向井秀徳と出会ってなかったら、間違いなくこの作品は生まれなかっただろう。12939dbが解散しないままだったらあのプログレチックで爽快な音楽性を貫いていただろうし…。

とは言っても向井との出会いは音楽面を聴いただけでも相当でかいのは間違いない。ちなみに向井秀徳の長所はプレイヤーの良さを見出して、そこを活かすアンサンブルにするという点。それが積み重なり、吉田一郎の遅れてきた初期衝動が詰め込まれた作品が生まれたのでしょう。

どこか懐かしいんだけど、デジタルチックな作品を酒のつまみにしてみてはいかがでしょうか?では今日はこの辺で。

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