無名音楽家アブロニカの戦慄なリアルと最前線

ヒップホップ・ポストロック・エレクトロニカを主軸にしたラッパー&トラックメーカー、アブロニカのこれからを赤裸々に書き綴り。 日本中の90%を占める底辺音楽家のリアルと実情、日々思うことを書き殴ります。まれにDISリスペクトな記事あり。 無料の楽曲DLが受け取れるフリクルメルマガ配信中 http://frekul.com/artists/profile/call-it-anything

2016年07月

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知ってる人は知ってるあの曲…そうメトロポリタン美術館。あの曲に謎の恐怖感を植えつけれた人達は多いだろう。自分もその一人。そんでこの写真が本物のメトロポリタン美術館。こんなに勇ましくて綺麗な建物がトラウマと化した原因は大体この曲のせい。

怖い。正直今見てもちょっと怖い。というか歌い手が大貫妙子なんですね。今知りました。子供心に感じたあのトラウマはどこからきて何故そう感じるのか?考察してみようと思う。
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イントロ2小節の最後でメロディーラインを奏でているパートが半音進行で下降している部分がある。この半音づつ音階が進行していくアレンジは不協なメロディーであり非音楽的だ。人が聴いていて心地良さを感じるメロディーではないという事。ホラーな映画やゲームのBGMではよく使われる手法です。

そして恐怖感を感じさせる一番の要因が全体的に薄暗い青を基調としたこの絵図。青色というのは落ち着きや安静の様な感情をイメージさせる色だがこの青さ…なんだか寂しさだったり不安を煽る色をしている。そこに白の銅像(人型というのが大事)を設置させて余計に恐怖感を煽る構図になっている。
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自分が子供でこんな場所で迷いこんだらもうどうしようもない。しかも銅像が動くんだぞ。この動くはずのない物体が動くというありえなさは人間が恐怖感を抱きやすいシチュエーションなんですよね。寺で供養された人形って怖いですよね?あの今にも動きだしそうな佇まい…あれと一緒。
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銅像が動くだけでも怖いのにこんなこと言われながら迫られたらションベンちびるわ。解釈によっては命とられることを意味してそうで余計怖い。また、この曲のAメロは音が無音になる瞬間が規則的に配置されてるが無音の部分が一層怖さを増していて効果てきめん状態。やだもうここから出たい。
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こんな状況に陥ったらどう思うだろうか?たった一人で迷いこんで挙句の果てにはエジプト像が並んでるんだぞ…。これもう絶対動くやつだ。どうするよ?こいつら一斉に動きだして襲ってきたら…とか子供は想像力豊かなのでそんなことを考えてしまうだろう。子供の特性を理解して突いてくるとかアニメーション担当の岡本忠成はドSとしか思えない。
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これだけ見るとこのエジプト像が子供を襲っている様に見える。この1シーンに作り手の思いが込められてると解釈できる…のかもしれない。子供がこんなん見せられたらトラウマになるのも当然といえば当然。
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もう絶望しかない。気が付いたら急に薄暗い青色の空間に1人で閉じ込められて、しかも銅像が勝手に動きだして襲われて最後には絵の中に閉じ込められたとか一歩間違えると世にも奇妙な物語でありそうなストーリーじゃないか。何故この動画がトラウマを植えつけたのか?まとめてみると…

①全体的に薄暗い青色を基調にした空間
②動くはずのない銅像が動きだすというありえなさ
③楽曲の間に導入される無音の瞬間


自分なりに解釈してみてこうなりました。久しぶりにトラウマ曲を聴いて記事にしてみましたが今日はこの辺で。



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多分このブログで女性アーティストを取り上げるのは初なぐらい男臭くて硬派な記事ばかりでしたが彼女の事は前々から記事にしたかったので思う存分書かせてもらう。彼女の名前はテンテンコ、元BISのメンバーである。

彼女の存在を知ったのは去年の4,5月辺り、それまではBISという名前で活動していたのは知ってはいたけど楽曲なんてロクに聞いた事もなかった。

というか会って揉めるアイドルというキャッチコピーを耳にして嫌悪感を抱いていたし、曲もキャラも成立してないから脱ぐのか…と思って呆れてモノも言えない…そしてそんな連中を評価したがる奴らもただの馬鹿としか思えない。

BISに限らず正にアイドルとかクソマザファッカーだと思っていた時期が僕にもありました。

…でも今は全然違いますね。このMVを見てももうテンテンコしか見えない。他は誰?って感じだ。

彼女の曲はズル可愛い。
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全然関連性がないと思われるだろうがラッパーの狐火がテンテンコとスナックという共作曲を作っていたのを聴いて初めて彼女の存在を知った。

元から狐火のラップは好きで聴いていたがテンテンコってどんな人なんだ?元BISというのは知ってるけど…と気にはなっていた。あんまり暇だったのでテンテンコの音源を発見。さっそく聴いてみた。

驚いた。ガチでイントロ開始3秒で速攻お気に入りになった。このイントロはズルい。楽曲もズルければMVの内容もズルい。だがそれがいい。

このVHS世代で育ったリスナーを刺激しまくりな画質といい、トラックの古くささが今の時代に聴くと何だか不思議で変な気分になる。

歌詞の内容も一見すれば何を歌いたいのか?何をテーマにして歌っているのかよく分からない。だけど何回も聴いていると実は1997年に実際におきた事件である東電OL殺人事件の内容をテーマに歌っているのが分かると俄然彼女の魅力に気づかされた。

ちょっとこの人普通じゃない。というかアイドルという器に収まらないだろう。好きな音楽だとか影響を受けた音楽なんかも多分普通のJ-POPではないだろうし戸川純が好きだとインタビュー記事を見てなるほどなと思った。

原曲はハルメンズという80年代前半に活躍したニューウェーヴバンドの曲。こんなん彼女は生まれてないだろうし、選曲がいちいち渋い。そしてこの安っぽい機材で作った様なトラックが彼女の稚拙な歌声とマッチしてて懐かしさが癖になる。


誰かしら協力者がいるんだろうけどフリーになって自主レーベルを設立して一人でせっせと頑張って渋谷wwwで自主企画やるとかヤバイ。

こんな小さな女の子がたった一人でここまで豪華なメンツを揃えてしかも客をパンパンに集客出来て仕事が出来る感が半端ないし何より健気な姿勢が伝わってきて応援したくなる。

そこにシビれる!あこがれるゥ!このイベントには狐火目当てで参戦したものの彼のラップもよかったけどテンテンコのライブも印象に残ったことは今でも忘れない。

正直俺もこのブタゴリラに出る側にまわりたいと思ったのは事実。ただその為にはもっともっと自分の知名度をあげなくてはいけないしやることは山積み。テンテンコを音楽で振り向かせたい。

ソロ活動をストイックに続けて自分だけの世界観を表現している彼女はれっきとしたアーティストであり多大なるリスペクトに値するアーティストだということがこの記事を読んで伝わってもらえれば幸いだ。

可愛い。罵ってる所じゃない。前半の嬉しそうに話してる様が可愛い。動画撮った奴はわかってねえな。では今日はこの辺で。



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MCバトルで勝てる秘訣とは何なんでしょうか?ここでオロカモノポテチのブログでそれに対する答えがあったので引用してみます。
「自分の強い、優れた部分を探す」

「お客さんは強い、優れた物が好き」

「お客さんは見た事も聞いた事もない全く新しい体験が好き」

という事です。

人には「慣れ」という記憶に基づいた機能があります。

貴方の勝敗を決める存在は、既にした体験よりも新しい体験を求めている事を理解しましょう。

初めてに勝るものなし。

即興の内容が優れてたり、強者な雰囲気を身にまとったMCが勝てるのは周知の事実ですが気になったのは一行目。自分の強みを探すと書いてありますがこれはある程度実力が伴ったMCにしか当てはまらない発言ではないでしょうか?
始めから強みをもっているMCは存在しない?
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R指定がどこかのインタビューで発言していましたがMCバトルには三種類のラッパーに分類される。それは押韻派とフロー派、パンチライン派に分かれるんだそうです。

ネタの仕込みがある無し関係なく判断すれば個人的にはチプルソは押韻ラッパーの筆頭でしょう。
これでもかというぐらどんどん韻をふんだライムをマシンガントークでかましていくスタイル。



フローの王者と言えばやはり鎮座ドープネス。何通りものリズムの乗り方で会場を自分色に染めていきます。相手が鎮座の真似をすれば、彼はまた一味違うリズムアプローチで反撃していき気が付けば会場が鎮座の味方をしている。そんな展開に運んでしまう盛り上げ上手なラッパー。



パンチラインの王様でありそのスタイルは文字通り唯一無二。もはや信者がいるくらい評価されている呂布カルマ。自己演出の仕方が非常に上手いラッパーですね。



という様にこの3者…系統はそれぞれ違いますが自分の優れた部分や強みを活かして素晴らしい戦績をのこしています。しかし彼らとて最初からこの様な強みはあったんでしょうか?

それは分かりませんが…ただ、確信をもって言える訳ではありませんがバトルデビューして間もないMCに優れた点や長所というのは無い人間が大多数だと「思います」。

つまり全くの0からのスタートで始まるのではないでしょうか?どれだけ人生経験が豊富でも、語彙力豊富でも、長年の音楽経験があってもいきなりラップを始めてMCバトルに優勝出来るとはちょっと思えないんです。

だからこそ、始めた頃は色々試してみるべきではないでしょうかと最近考えることが多い。3系統を試して自分が磨けそうなスタイルを選択して高めていく。これがセオリーなのではないでしょうか?

「型を破るにはまず型を知らなくてはならない」はMCバトルに当てはまるか?
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音楽でも料理でも漫画でも創作行為というのはまず常識や型を知らなくてはオリジナリティーのある作品は作れません。ラップで言えば韻を踏む。トラックのリズムに合わせてリズムキープするといったことは基本事項であり型です。

しかしこの常識に当てはまらないスタイルでも優勝しているラッパーもいます。その筆頭は2014年までのDotamaです。


フリースタイルダンジョンに出演する様になってからは韻を踏んでリズミカルにラップをするスタイルになりましたが、数年前の彼のスタイルは文章の前半で書いた3系統にも当てはまらないオリジナルなスタイルでした。

ただ喋ってるだけという批判もありましたが、何というか揚げ足取り系というかギャップ系…とでも言うんでしょうか?フリースタイルという単語の本来の意味が一番ぴったり合うラッパーでしょう。
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そんなDotamaですがインタビューの記事で面白い発言をしています。
栃木の会社員だった異色ラッパー・DOTAMA「MCバトルは作品の一部」
いやあこういう発言を目にするとMCバトルはスキルも大事ですがそれ以上にオリジナル性が大事なんだなあと気づかされますね。
DOTAMA:今の若い子達は、路上で円陣を作って8小節ごとに交代で即興ラップをしていく「サイファー」っていうの をやってて、みんな技術力が高いんです。

そうした基礎の技術が身に付いた上で新しいことをやるっていうのがラッパーは普通なんですけど、僕は逆で、先に新しいことをやろうとしていたんですよね。

今ようやく「韻を踏むって面白いな」と気づき始めたところです。同世代のラッパーからは「遅えよ!」とは言われてますけど(笑)。
ラップをやり始めた普通のMCがDotamaの様に新しい型をつくることから始めたら恐らく空回りを体験して、やっぱり型を学ぶ所から始めようとなるんでしょうが、何故Dotamaはこの考え方でバトルに勝てたのか?それは多分彼のキャラクターとファッションに秘密があるんだと思います。

彼の特徴はスーツと眼鏡というおよそヒップホップとは縁遠い格好で一見すれば普通のサラリーマンにしか見えない…。だから彼の相手は大抵そこをDISる。

だけどマイクを持たせれば外見とは裏腹に強烈な揚げ足取りと他のラッパーとは違う角度で相手をDISり返すスタイル。このギャップが多くのヘッズを魅了したのではないでしょうか?



型を学ぶのも大事だけどオリジナルを追及する、またはギャップを演出する姿勢はもっと重要だということなのかもしれません。以上、MCバトルについて最近思ったことをつらつら書きましたが迷いながらでも自分だけのスタイルを構築していきます。では今日はこの辺で。

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著作者 しゃれこーべ

高校生…それは16歳から18歳までの少年少女というもっとも感受性が豊かな時期にいる人達のこと…。 ただ不思議に思うことがある。メディアがなぜこの高校生という集団をやたらとピックアップしたがるのか?ということ。 昔からそうなんだよ。
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そんなに高校生はおいしい素材なのか?なぜ中学生や大学生だと駄目なのか?社会人がアウトなのか?

メディアが生み出す流行は高校生から。

今の若い人たちは知らないかもしれないが昔、ビートたけしが司会をしていた元気がでるテレビという番組があった。 閑古鳥が鳴く飲食店を宣伝するという名目でXが凸してライブを強行したり、タレントの部屋に潜入して早朝にバズーカ撃ったりと子供に見せたくないテレビ番組の王者的存在。

そしてこの番組の人気コーナーに高校生ダンス選手権というのがあった。 正統派なダンスグループもいれば山本太郎もいる。このコーナーがキッカケで当時は文化祭で高校生がダンスを披露するのがブームになったことは大方予想がつく。

ちなみに山本太郎は選挙カーに乗ってこの踊りをもう一度やってほしいと切実に願っている。やるなら山本太郎を全力で応援することも辞さない。


こんなにあるよ。色々な甲子園。
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著作者 Shutter Daddy

そう、高校生といったら高校野球…つまりは甲子園。高校生が生み出すストーリーや青春の元々の原型はこの甲子園から来ていると言っても過言ではない。この甲子園という単語の使い勝手の良さから野球だけでなく様々な甲子園が存在している。

こんなのもあるのかとある意味感心する。甲子園という単語を使えばスイーツで対決することも可能なんですね…。しかし料理にここまで熱中できる高校生なんてそんなにいないだろうと思ってたけど探せばいるんですねこんなに。

俳句の甲子園とかもあるんだぞ。しかも開始前に円陣組んで叫ぶあたりが完全に体育会系の運動部のノリと同じだ。学生の頃なんて俳句に一ミリも興味なかったが今見ると高校生とは思えない俳句の数々に刹那的な美しさが感じられますね。

生首晒しとかビッチとかアナルとか汚い単語が行き交うMCバトルに比べてこちらは非常に健全ですね。優しい世界です。良い意味で実に高校生らしく青春してますね。サイファーで下ネタをテーマにラップしたがる高校生ラッパーは俳句部に入部して股間ではなく心を洗浄した方が良いでしょう。

はいやってきました。ダンスの甲子園もあればラップの甲子園もあるんですね。心なしか言葉の使い方が俳句の甲子園と比べて非常に稚拙になった様に感じたのは…単なる気のせいですねハイ。

いや、即興でリズムに合わせて韻を踏んだりするのだって立派なスキルですから!!核心をついて相手をDISるのも高等なテクニックが必要ですから!!そもそも比べるモノではありませんからね!!
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どうなんでしょう…高校生ラップ出身でいえばGomessとか俳句や詩を学んでアウトプットしたらネクストレベルのラッパーになる可能性があると思うんですよね…。

今までの出場者でイジメや病を患った事のある高校生ラッパーはいますけど意外とみんな攻撃的なDISをしたりするんですよね。だけど彼だけは言葉選びもDISの仕方も数多くいるラッパーとは何か違う。未だに印象に残ってる数少ないラッパーの一人。



という訳で高校生をテーマに色んな甲子園があるんだなと無駄に知識が増えましたね。刹那の瞬間にかけるストーリーと青春を一番感じさせるのはやっぱり高校生なのかもしれません。では今日はこの辺で。

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先日、炎上ネタがキッカケで一躍悪い意味で有名になってしまった宮森はやと氏。彼が執筆したクラウドファンディングについての記事がアップされてました。それがこちら。
クラウドファンディングに本気で取り組んで190万円以上集めたぼくが伝えたいこと。

簡単に要約すると少量の額でもいいからクラウドファンディングでプロジェクトを達成して小さな成功体験を積み上げることはいいこと的なこと書いてます。しかしその記事に対して批判するブログもありました。まあこういうのは特に珍しい事でもないんですけどね。
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著作者 Tax Credits

クラウドファンディングを汚すのはマジで止めて欲しい
こちらはshinさんという方のブログ。宮森はやと氏のブログを読んで色々思うことがあったのでしょう。まずは宮森氏の意見をサンプリング。

クラウドファンディングと聞くといかにも数十万円〜数百万円のプロジェクトじゃないとやっちゃいけ


ないモノと感じる方が多いでしょうが、全くそうではありません。


目標金額が5万円でも全然OKなのです。


むしろ、数万円あればできてしまう、「ちょっと手を伸ばせばできること」で案外みなさんやりたいことをお持ちではないでしょうか。

スカイダイビングやってみたいとか、MacBook欲しいとか。

それに対し、shin氏の意見がこちら。

クラウドファンディングとは、「ある目的、志のため、不特定多数の人から資金を集める行為」なのです。ここを外してしまったら、ただのネット乞食行為になってしまう。


宮森さんは、クラウドファンディングを「ネットを利用して適当に金を集められる行為」か何かと勘違いされているのではないでしょうか。


本来クラウドファンディングは、世界を良くしたいと考えている野心的な起業家をサポートするための素晴らしい仕組みなのに、それがすぐバイトすれば貯まるようなお金をせびるようなゴミシステムとして捉えられるようになってしまったら、非常に残念です。

さらに文章の締めとしてまとめた意見はこう。

クラウドファンディングは、若く優秀だがお金のない起業家をサポートするのに適した素晴らしいサービスです。


だからこそ、何をするのかまったくわからないシェアハウスの資金や、自分でバイトすれば稼げるようなPC購入資金のためにこのプラットフォームを使わないで欲しい。そういうことをするのが主流となってしまったら、起業家達はかつてのようにベンチャーキャピタリストたちからの支援を貰うほかなくなってしまいます。


社会を良くしようとしているマトモな起業家たちの芽を摘まないでください。シェアハウスとか旅行とか自分用PCの購入は、自分で金を出して自分のためにやってください。ぼくが言いたいのはそれだけです。

若い起業家の芽を摘むなとshin氏は言いたいようです。んでもって私が思う意見はこちら。

クラウドファンディングは起業家しか使っちゃいけないんですか?
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shinさんは起業家の芽を摘むと言ってますがこの人の考え方はクラウドファンディングのユーザーの芽を摘んでしまう考え方です。ビジネス関連のブログなので起業家の視点に立った考えなのかもしれませんが…。

あとこの人は少額の金額でクラウドファンディングをやることはネット乞食だと批判してますがこれは安直で危険な考え方です。

この意見は言い方を変えるとうん十万や何百万という高額のプロジェクトしかクラウドファンディングをするべきではないという考え方にもなります。

そうなるとクラウドファンディングの敷居は今よりもより高くなり、起業家や大手の企業しか使わないコンテンツになってもおかしくないのです。だとしたらクラウドファンディングの可能性が狭まったつまらないものになってしまいます。

インターネットから生まれたコンテンツは敷居が低いのが前提です。それはGoogleやSNS、youtubeなどが誕生した頃、無料のサービスとして出発したという歴史が証明しています。

乞食だとshinさんが批判したとして、たとえ少額のクラウドファンディングでも支援者が払った金額分の楽しみや喜ぶようなリターンがあったら別に少額でもいいんじゃないですか?というのが自分の考えです。

乞食なのかどうかは周りが判断することであり支援者がそのプロジェクトにどう思うかどうかだけじゃないでしょうか?敷居の低いクラウドファンディングのプロジェクトが何故、起業家の芽を摘むことになるのか?どうしてそういう考え方に至るのか理解出来ません。

家入一真のパンチラインを見ろ。
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campfireの創始者として再度盛り上げようとしている家入一真氏が名言ならぬパンチラインを言い放ってます。

5万円で個展したいとか、10万円でzine作りたいとか、20万円で海外行ってきたいとか、そんくらいのカジュアルさでCAMPFIREをもっと使って貰えるものにしていきたいなー。


「お金が無いから…」という言い訳をこの世から無くしたい。


それくらいの金額、自分一人で稼げない時点でダメだ、なんて意見があるのもわかるけど、「それくらいの金額」は立場や状況で個々に違うと思うのです よ。


「それくらい一人でなんとかしろ」じゃなくて「それくらいだったらみんなで」の方が楽しくないですか。みなさんも一度CAMPFIREぜひやってみて ください!

この男、やっぱりタダの泥棒ヒゲじゃない!!良かれ悪かれ今の時代は人と人の繋がりを強度なものにしようとする風潮が強い時代です。それはPokemon Goの関心度の高さを見ても一目瞭然。

shinさんのブログで書かれた内容は時代を逆行する考え方なんです。正に「それくらい一人でなんとかしろ」という価値観のもと、あの記事を書いたのでしょう。

しかし家入さんの「それくらいだったらみんなで」という価値観は今の時代に適した考えですよね。クラウドファンディングはまだまだ高額のプロジェクトが多くて、企画者もそれなりの知名度がある人物
でなくては達成出来ない傾向があるのでもっともっと敷居を低くさせるという家入氏の考えには大賛成ですね。自分もいずれはやってみたい分野ではあるので。では今日はこの辺で。



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