無名音楽家アブロニカの戦慄なリアルと最前線

ヒップホップ・ポストロック・エレクトロニカを主軸にしたラッパー&トラックメーカー、アブロニカのこれからを赤裸々に書き綴り。 日本中の90%を占める底辺音楽家のリアルと実情、日々思うことを書き殴ります。まれにDISリスペクトな記事あり。 無料の楽曲DLが受け取れるフリクルメルマガ配信中 http://frekul.com/artists/profile/call-it-anything

2016年03月

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著作者 Philips Communications

音楽をやっている以上、ジャンルを問わず様々な音楽を聴く機会がなければ良い作品を創れないのはもはや周知の事実。自分もギターを始めた14歳の頃から邦楽ロックから洋楽へとシフトし、手あたり次第に聴き込んだものです。…なのですが

最近洋楽をほとんど聴かなくなってしまいました。
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著作者 Rui Moura

なんだかんで邦楽…主にインディーズ音楽のシーンが面白くてそこら辺を聴き漁っていたら洋楽にはとんと手が出なくなりました。うーんこれはちょっとまずい…邦楽の世界も昔と比べて格段にレベルが上がってるし、こういう音楽性は日本でしかうまれないだろうなあという独自の音楽を発信しているバンドやアーティストはここ最近で本当に増えたと思うんですがね…。

とは言ってもやっぱり最先端の音楽が生まれる国は未だにヨーロッパが中心だし今の時代どういう音楽が主流になってるのかをリサーチすることも音楽作る人間としてはやっぱり大事なことだと再認識する必要があります。ただ何故洋楽を聴かなくなったのか?という疑問について思い当たる理由が1つあるんです。

気軽にライブに行くことが出来ない。

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ズバリこれです。こちらに上京してからは気になっていた邦楽のアーティストがいたらすぐにライブに行ける距離になったので多い時は月に7,8回は行ってました。そういう点で都心はやっぱり便利。
しかし洋楽アーティストの場合、来日公演でもしない限り生演奏を見ることは出来ません。これが邦楽アーティストとの大きな違いなんですよね。

もっと言えば好きになるための持続性が保ちにくい。一度気に入ってもついつい情報探索を怠ってしまう訳です。となると自然とライブを頻繁に見ることが出来る邦楽アーティストに集中するのはある意味必然だとも言えます。
と言っても…気になる洋楽アーティストは最近減ってしまいましたが何組かはいるんですよね。



でました。ビョークやradioheadのトム・ヨーク率いるAtoms For Peace等から高い評価を受けてる現代のエレクトロニカ界の風雲児、Arcaです。エレクトロニカ色強めなヒップホップ風ですが人の声をスライスした様なサンプリング音と拍子がまったくつかめない浮遊感が濃厚なシンセサイザー。常に点滅しっぱなしという目に毒な意味深なPV…。そして曲の最後だけ何故か4つ打ち。このジャンルはもう発展することは無理だろうとは思ってましたがまだ更新できる可能性があるということを彼は証明している気がします。




続いて2組目はこちら。



海外のヒップホップについてはトラックメーカーの作品はよく聴いていましたが向こうのラッパーはほとんど聴いた事がありません。なのですがこれは最高です。もちろん歌詞が何をいってるか分かりませんがトラックとボーカル処理の仕方がかなり自分のツボを突いてきます。もうね、こういうグリッチ音満載なビートは大好物。かつラップパートにリングモジュレーターやディレイやリバーブをちょくちょくいれてくるのも最高。このボーカルエフェクトの処理の仕方に日本と海外の違いが垣間見えるのが面白い。



旬な洋楽探すならやっぱりPitchfork?

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Pitch Forkは学生時代によくアクセスしてランキングをチェックしながら洋楽を聴き漁ったものですが久しぶりにチェックしてみようかなと。割と自分の好きな洋楽アーティストもランクインするし他の洋楽メディアサイトが分からない身分なのでなんともいえませんが売れ線重視なアーティストの作品よりも人の記憶に残るであろう作品をランキング上位にもってくる傾向が強めなので個人的には信頼率高め。確か日本人でもボアダムスがランクインしていた様な…。日本人アーティストもこれからの時代はもっと海外に攻めていくべきだし海外のメディアに頻繁にピックアップされて邦楽・洋楽の壁を段々取っ払える様になったら最高ですね。では今日はこの辺で。
 

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誰もが学生時代には「夢を持て」みたいな事をいわれたことがあるかと思いますがこの考え方が蔓延しすぎてる感が最近ひしひしと感じられます。

夢は無理して探したり持つものではない。

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夢をもたなくてはいけないという考え方が拡散してまるで夢を持っていない自分はダメ人間なんじゃないか?と思ってる人がいるかもしれませんが卑下することはありません。自殺者3万人、非正規の雇用者が4割越え、選択肢が多すぎる多様化社会という今の日本で夢をもてなくても何らおかしくありません。
夢がある人間というのはたまたま運よく見つかった…それだけなんです。それ以上でもそれ以下でもありません。夢がないヤツはだめだ!だとか言ってる人間が多くなると生き辛さを生むだけです。それでは本末転倒じゃないですか。

学校の先生はあなたの責任をとってくれない

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教職についている人間が仮にあなたに「夢をもちなさい」と説教したとします。その発言を聞き入れて運よく自分の夢が見つかりそれに向かって真っすぐ突き進む。その過程について先生や大人は評価してくれるでしょう。
しかし、あなたが仮に失敗した時や諦めた時、あなたが夢を追うことで失ってしまった道を用意してくれたりセーフティーネットを提供してくれる様な大人はほとんどいません。強いて言えばあなたの両親ぐらいです。これが現実です。

そんな人間達が夢を持てと学生の皆さんに発言するんです。これって無責任じゃないですか?もちろん大人が皆そうなのだというつもりはありませんが、半信半疑で聞き流した方が良いなあという発言が学校という場所ではありふれているのが事実です。
大事なのは無理して夢を探す必要はないんだと発言できる大人が近くにいる環境に属してみることじゃないでしょうか?

夢はなくてもいい。無いよりかはあった方が多少いいなぁ程度のもの

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今の時代、これぐらいの適当さがある考え方の方が生きやすいと思うんですよね。音楽だけでなく様々なメディアが夢をもつことの素晴らしさを謳っていますが踊らされる必要はありません。

経済状況が豊かだった昔の日本と比べてすっかり夢がもてない国になったのは事実ですし周りを意識して過剰に夢を見つけようとする考えは酷くなると詐欺まがいの自己啓発セミナーに参加したり怪しいインターネットビジネスに陥ったりする危険性すらあり得る訳です。(ああいった人達は気持ち悪いぐらい夢について語りますからね…。)
別に夢なんて持たなくていいんだとフランクに自分を肯定できるある種の適当さが許される社会の方がこれからの時代、かえって健全さを生むと考えていますが皆さんどうでしょうか?では今日はこの辺で。



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曲を始める前にコール&レスポンスする部分を軽く演奏して観客にアクションを求めるライブをする人達が最近増えた気がします。このやり方流行ってんでしょうか?

知らないアーティストで好きでもないのにこちらに求められても反応に困るだけ。

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昨日、渋谷のとあるクラブに行ってきてそれこそ10組を超えるアーティストさんのライブを見ましたが、ほとんどがやたらとコール&レスポンスを求める様なパフォーマンス。正直、ちょっとウンザリ。挙句の果てにはお客さんが返してこないという理由で曲を3回やりなおす人達もいたりでげんなり…。しかもみんな同じ様な言い回しでそれを10回もやられると見てる側としてはただただ疲れるだけです。
楽しんでいた人達も何人かいましたが…。本当にこのパフォーマンスはやる必要があるんだろうか?と妙に考えさせられます。
観客の分かりやすい反応がないとライブがやりづらいんですっていう自信の無さの表れが垣間見えて逆効果になってるなって思ってしまいました。

観客はアクションを起こさなくてもあなたの音楽は聴いている。

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ついついライブをやっていると観客が無反応で不安な気持ちになるのもよく分かります。(実際自分もそういう気分になる時がありますから)
だけどそのお客さんが帰らずにライブ会場にいる以上は少なくとも出演者がどんな音楽をやるのか?とかこのアーティストの曲はいいかもしれないと表面上では隠してますが内面では興味をもって接してる訳です。もちろん楽曲が良くなかったらそれまでですが。

ただ、ライブの一曲目か二曲目で判断して良い曲をやってるなと思って初めてアクションを起こす訳ですから開始直後からコール&レスポンスを要求するのは無理があるなとしか思えません。曲をやり直しますなんて以ての外。そういうパフォーマンスはワンマンライブや2マンライブで成り立つかもしれませんが複数の出演者が集まるイベントではやらない方がいいかもしれません。

コール&レスポンスを求めないライブの方がカッコよかったりする。

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これはもう引き算の考え方で出演者のほとんどがコール&レスポンスをしていたとしたら逆にやらずに自分のスタンスを貫く様なアーティストのライブの方がカッコよさは何倍にも増すんじゃないかと思う訳です。「みんなやっているから自分もやらないと…」という半ば同調圧力的な空気が支配されている中、ぶれずに芯を貫き通すのがロックでありパンクでありヒップホップではないでしょうか?

もちろん観客の反応を察知せずに一方通行なライブをしている出演者が多い中、コール&レスポンスで一体感を形成するパフォーマンスをしたらそれはそれでカッコいいですがそこは臨機応変に対応できる柔軟さが要求されますね。自分もライブ再開する時はそこら辺気をつけないといけませんね。では今日はこの辺で。
 

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Quantum行ってきました!移動時間が往復で6時間…スマホの充電切れで写真は撮れませんでしたがかなりの僻地での小規模なフェス。森の中でキャンプファイヤーしながら音楽を聴くあの感覚は独特な雰囲気でした。チケットも何とソールドアウト!うーんこれは凄い…。
でも不思議に思うことがあります。フェスに来るお客さんは一定の数はいるのにことライブハウスとなると来るお客さんの数はガクっと減ります。これはどうしてなんでしょうか?

コンテンツの数に違いがありすぎる。

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まずはこれでしょう。ほとんどのフェスの場合、生演奏のライブに加えてワークショップや豊富なフードメニューを楽しんだりゲストを招いてのネット生配信を間近で見れるなどメインのコンテンツを主軸にサブコンテンツの数を数多く設けることでお得感や特別感を演出しているのが多いでしょう。
比べてみてライブハウスもライブを主体にしていますがそれ以外に楽しめるイベントがあるかといったらちょっと思い浮かびません。レーダーチャートで言えばフェスは多角的に突出していますがライブハウスは一か所だけという所でしょうか?

参加チケット一枚の値段から得られる満足感

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一番の理由はこれでしょうね。音楽フェスに出演するアーティストというのはたいがいある一定の知名度を獲得している人達が複数出演するので上記で説明したサブコンテンツとの兼ね合いもかねて値段が高めに設定されてもお客さんは来る訳です。Quantumフェスでも京都や大阪、埼玉からやってきたというお客さんがいてちょっと驚きました。どんなに距離が遠くてもそこでしか楽しめない要素があると思ったからなのでしょう。

ライブハウスの方は…これは本当に何とかならないのかと常日頃思いますがどんな無名のアーティストだろうがチケット1枚+1Dで2500円という価格設定が原因で敷居が高くなってしまっているというのは否めません。
かつライブが主体でそれ以外の娯楽は飲み食いのみ。場合によっては再入場も禁止。落ち着けるスペースがない。これではお客さんは遠のいても仕方ありませんよね…。この2500円+飲食代+ノルマ料金で何とか経営が可能になっているライブハウスがほとんどじゃないでしょうか?

2500円以上の価値のあるコンテンツをライブハウスは提供しなくてはならない時代

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ネットが無かったころの時代と違い、今では無料または小学生のお小遣い程度のお金で楽しめるコンテンツがそこら中にあります。しかし音楽フェスのチケット代は決して安くありません。といってもそれ以上の楽しみが得られるとお客さんが感じているからこそチケットを購入し、決して近くはない、自然のある場所や特殊な施設にまで足を運びます。

ではライブハウスはどうでしょうか?数多くあるライブハウスが2500円に見合うぐらい価値のある
イベントを提供できているんでしょうか?恐らく出来ていないケースがほとんどじゃないでしょうか?もしこの課題がクリア出来ていたらライブハウスにだってお客さんはもっと来るはずですから。


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著作者 Tax Credits

コストを下げずに敷居を低くして少しでも多くの人にライブハウスに来てもらいたいのであればこれはもうサブコンテンツを豊富にするか、そのライブハウスでしか得られないオリジナルな楽しさを提供し続けていくしかないのかもしれません。
ライブハウス側は自分たちのお店にしかない色を追及。出演アーティストは自分だったら2500円払って自分自身のライブに行くかな?と自問自答しつつライブのクオリティーをあげていく。

今すぐには具体的な案というものは出てこないしありきたりな答えになってしまいましたがでもその当たり前のことを出来なくてはライブハウスとアーティストは動画サイトやオンラインゲーム、映画館にお客をとられて細々とやっていくしかないし何も始まりません。この問題はこれからもまだまだ取り組まなくてはいけない課題でしょう。以上ライブハウスとフェスの関係を比較した記事になりましたが今日はこの辺で。
 


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自分の作った音楽にオリジナリティーはあるのか?本当に自分にしか創れない発明品なのか?作曲するときは必ずこの一点だけは優先しながら作業してます。それは多分他の音楽家の皆さんもそうで考えているに違いありません。これはジャンルに関係なく音楽を創作する上で最も大事な点とされる共通項でしょう。

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世界で最も成功したロックバンドだと言えるビートルズはその筆頭でしょう。彼らが発明したものはコンセプトアルバム、バンドメンバー達自らが作詞作曲するスタンス。MVを撮って宣伝材料にする。音楽的に言えば楽器の逆再生音を取り入れる。ロックにクラシックの要素を持ち込む。インドの民族楽器であるシタールの導入。

他にも数えきれないほどの音楽性とプロモーション方法を発明しましたが彼らの楽曲を今聴いても色褪せないのはあくなき探求心と音楽的ユーモアを忘れずに創作活動をし続けた結果だと言えます。



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beatlesが解散した1969年に更に時代を更新させる音楽を発明するバンドが現れました。Led Zeppelinです。ブルースギターを歪ませ、ハイトーンボーカルとパワフルなドラムサウンドの融合は後にハードロックと呼ばれましたがこの音楽を発明した代表的バンドは彼らかDeep Purpleと言えるでしょう。


あまりに新しすぎたり奇抜な音楽性だと批判の対象になるのは時代を問わず普遍的に起こり得ることです。彼らもデビューしたばかりの時期は評論家からの評価もボロクソに言われていたのは有名な話しです。
そこからまさかの躍進ぶりを見せつけるとは本人らでも予想できなかったとのこと。彼らが発明した音楽が最終的には彼らの評価を変えたといっても過言ではありません。
 


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時代は1970年代後半にさしかかりパンクロックという音楽を発明したのがSex Pistolsです。
テクニックを要する敷居が高くなってしまった音楽を否定し、誰でも練習すればすぐに弾けるぐらいの簡単なギターサウンドと社会への批判的メッセージを込めた音楽を生み出しました。後にこのパンクという音楽が複雑に枝分かれし、様々なロックミュージックを派生させたという点で言えば彼らも偉大な先駆者だったと言えるでしょう。
 

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新しい音楽を発明した人間はジャンルに関係なく人々の記憶に残るものです。それはロックだけでなくジャズだってそうです。ジャズの帝王であるマイルスデイビスもその一人。
コード進行を主体にしてアドリブを繰り広げるビパップジャズからの脱却。教会旋法(モードと呼ばれる特殊な音階スケール)を用いてコードに頼らずに音階を重視した浮遊感あふれるジャズを発明。それは後にモードジャズと呼ばれる様になります。



さらにその後にはジャズでは使用されることのなかったエレキギターやシンセサイザーやエレクトリック・ピアノなどを大胆に用いたジャズを展開。俗にいうフージョンと呼ばれる音楽の先駆けでも
あったわけです。

 


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クラブミュージックも例外ではありません。この類の音楽はクラブで踊れる事を前提にして創作されてきた音楽ですが非ダンスミュージック、つまり踊れないクラブミュージックというジャンルが開拓されました。それはベッドルームテクノと呼ばれクラブシーンを一新させてしまったトラックメーカーがいます。それがAphex Twinです。
音楽の基本中の基本である繰り返しという要素を徹底的に拒否したかの様な彼の音楽特有の複雑怪奇なブレイクビーツは後に数多くのフォロワー生み出しました。



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Aphex Twinと同時にそれまでのシーンをがらりと変貌させアップデートさせたSquarePusherも新しい音楽を発明したミュージシャンです。フージョン要素満載なバカテクベースプレイとAphexゆずりのブレイクビーツを融合させた彼の音楽はドラムンベースの発展形であるドリルンベースと呼ばれクラブミュージック界をネクストレベルにまで発展させました。





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ヒップホップの世界ではやはりDJ Shadowの存在も外すことは不可能です。彼がendtroducingというヒップホップの世界では名盤クラスのアルバムをリリースする前はDJのジャグリングやスクラッチなどといった技巧さが巧みなDJがもてはやされていた時代。
そこに疑問をもった彼はあらためてDJの本来の役割であるDig(レコードを探す行為)やサンプリングという原点に振り返りこの作品をリリース。

後に彼の作品はアブストラクト・ヒップホップやトリップホップと呼ばれるようになりカテゴライズされた意味では彼もまた新しい音楽を発明した音楽家だと言えるでしょう。ラッパーが不在のインスト曲でもヒップホップは成立すると証明したのです。



この曲、一見するとダウナーな雰囲気漂う曲調でまるでもともとこういう曲なんだなとにあるんだなと錯覚してしまいますが…なんとこの曲は全てジャンルも年代もバラバラな大量のレコードからサンプリングされたフレーズのみで構成されています。
つまり自ら楽器を弾いたりフレーズを打ち込んだりといったといった行為は一切されていません。

この曲が収録されたendtroducingは世界初ともいえる全曲サンプリングのみで創作されたアルバムとしてギネス認定ももらっています。ヒップホップに抵抗のある人はこの作品から聴いてみると価値観が変わるハズです。


ここまで振り返ってみて思うことはやはり先駆者というのは長いスパンでリスナーから愛される存在であり消えては現れの負のループ環境に陥ることなく時代を越えて親しまれているのが分かります。

やはり音楽の世界は第三者でも出来る音楽を創っても先駆者には絶対に敵わないものです。分野は違えど彼ら全員に共通することは一流のリスナーでもあったということです。一歩立ち止まって音楽を大量にインプットする習慣をみにつける。これがオリジナリティーを獲得するための大事な行為なのかもしれません。ではでは今日はこの辺で。

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