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吉田一郎が加入してもう10年たつのかと思ったら、時の流れの早さを感じざるを得ない。

この時は本当に痩せてるな…もはや別人と言ってもいいくらい。この時の彼のベースプレイは何とかバンド全体のアンサンブルについていけてるといった印象だった。とりあえず向井秀徳の指示に従う…そんな感じだというのが動画越しでも伝わってくる。

一皮むけて向井イズムの継承者へ。

そんな彼がソロアルバムをリリースしたときは驚いた。先輩である松下敦やカシオマンがやっていないことを新人である彼が成し遂げてしまったのだから。

作品の全体像としては、向井秀徳特有の「都会生活は無常である」ことを表現したあの世界観を王道的に引き継いだニュアンスが強い。サウンドもどことなく80年代のニューウェーブ的が漂うし、4以降のZazen Boysをキレイに通過した音だ。そしてどこか素朴で心地のいい懐かしさがある。デジタルに30代中盤の哀愁を表現した作品だというのが個人的な感想。


また、この作品のもう一つの魅力はベーシストらしさが良い意味でかき消えている所。一般的にボーカル以外のバンドメンバーがソロアルバムを作るとなると、どうしてもその人のメインパートが主役になりがちな作品になってしまう。

だけど吉田一郎不可触世界はベースが主役になるわけでなく、あくまで歌を中心にして作られているし実にポップス的。そこがいいじゃないっすか。

あれだけゴリゴリなベースを弾いているのにも関わらず、弾かなくてもいいという発想が出来るあたり、柔軟な姿勢でオリジナリティーとポピュラリティーを考慮して作品を作れる人なんだと思う。良い師匠に恵まれたケースだと言ってもいいでしょう。弾かないこともまた音楽ですから。


そう考えるとやっぱり人は、環境によって人生と人柄が形成されるんだなと強く感じます。もし向井秀徳と出会ってなかったら、間違いなくこの作品は生まれなかっただろう。12939dbが解散しないままだったらあのプログレチックで爽快な音楽性を貫いていただろうし…。

とは言っても向井との出会いは音楽面を聴いただけでも相当でかいのは間違いない。ちなみに向井秀徳の長所はプレイヤーの良さを見出して、そこを活かすアンサンブルにするという点。それが積み重なり、吉田一郎の遅れてきた初期衝動が詰め込まれた作品が生まれたのでしょう。

どこか懐かしいんだけど、デジタルチックな作品を酒のつまみにしてみてはいかがでしょうか?では今日はこの辺で。